MRTの仙骨治療で陽気な体質に代わり本来の性、その分BLACKに帰りつく。オーロラやヒマラヤを経由して陰と陽のバランスの中で月を再び目指し眩しすぎた明かりを黒にした。この霊性に身を置いた修道の旅は多大に白色の光を求めその内部に入って行ったが光に相反する、しかし悪ではないただのBLACKという格、霊性に向かう。眩すぎてその光を納める額縁が黒だったんだ。それは社会への帰属。この問題は社会生活側の光を求める道に入った。光の中では白やゴールドという修道者の真実の色なんだけど、この道をより進めば聖者に向かうんだ。今は休止中でそれなりの光を得た後だから社会生活側の黒の光に迎合したい。ゴールド(白)とブラックの主従関係がスイッチしたんだ。これは秘技参入者に置いてはちょっとしたテーマになる。両方を学ぶんだ。自身の中に光を持てばさらにそれを含まらせるか世俗的な黒を帯び調和の中で生きてもいい。ただ光だけを求める、強大な光になろうとしてそれはエクセレントな聖者になるのだけど。世俗側の黒い神聖な光を浴びる。これもまた必要な修道体験だろう。修道の体験を社会生活に組入れ世の光になるんだ。これはセントジャーメインの紫の炎に変わる。力を手に入れる。ルシファーの黒の光が介入された。主は光だけではなく闇を内包している。虹色に黒い光が混ざった光のヴァイブレーション。この黒い光は全く悪ではなくてピュアな光。キリスト教が黒を悪にしてしまう。そのキリスト教に自分の黒の光は光と同等のヴァイブレーションとしてもらっている。というかこれは真実だ。この光と同等の黒の光のヴァイブレーションは心地よい。黒いキャンパスに白を混ぜた色とりどりのカラーを描いた感じの光のヴァイブレーションだ。純粋な黒の光だ。これは物質=黒に光が閉じ込められたということ。物質の在り方の一形態。黒を排除したヴァイブレーションはもっと上。黒を取り入れたスピリチュアルだ。それは純粋な黒。色とりどりの光を含んでいる黒だ。

 

※整体は病の重い方にとても有効の痛みのない調整です。m(_ _)m